III.考 察 TMおよびTBMでは気管・気管支壁が脆弱となるため,胸腔内圧の上昇する呼気時に気管の狭窄,もしくは閉塞が生じる。後天性TM,TBMの原因として,慢性炎症:再発性多発軟骨炎,肺気腫,喫煙など,慢性的な圧迫:甲状腺腫,大血管走行異常など,そして外傷:胸部外傷,手術(胸腔手術,気管切開術等),気管挿管などが報告されている1〜3)。本症例では,甲状腺腫による慢性圧迫が原因として考えられた。甲状腺腫による気管圧迫症例にはしばしば遭遇するが,甲状腺腫により気管軟化症を生じる症例はまれである。過去の報告では,甲状腺摘出術後に生じた気管軟化症(Post-thyroidectomy tra-cheomalacia:PTTM)が散見される。Agarwalらは,900例の甲状腺手術の中で28例(3.1%)にPTTMを認めたと報告している4)。一方で,Find-layらは,334例の甲状腺手術の中で62例に気管圧迫所見を認めたが,PTTMは1例も認めなかったと報告している5)。Rahimらは103例の巨大甲状腺腫手術中6例(5.8%)でPTTMが生じたと報告し,PTTMのリスクとして,①5年以上の甲状腺腫による気管圧迫があり,喘鳴が増悪していること,②甲状腺腫が縦隔へ進展すること,③画像で気管の偏位や圧迫が高度であること,④気管挿管が困難であること,をあげている6)。Whiteらは縦隔へ進展する甲状腺腫に関する過去の15論文と自験例のレビューを行い,縦隔甲状腺腫術後のTMは0%から10.3%と報告により異なるとしている。TM症例のうち気管切開を要した症例は3分の1程度であり,5年以上の高度の気管圧迫がTMや気管切開の要因となりうると述べている7)。縦隔へ進展する甲状腺腫でPTTM発生頻度が高い傾向があり,その要因として縦隔内は頸部よりスペースが限られているため,縦隔進展する甲状腺腫では気管への圧迫がより強くなることが予想される。驚くべきことに,これら過去に報告されたPTTM症例の多くは一時的には気管切開等の気道管理が必要となるが,長期的に気道管理を要する症例は少ない。しかし,TM,TBMは進行性であると報告されており,これらのPTTM症例は長期観察を行うと気道狭窄症状が出現する可能性が懸念される8)。 本症例は甲状腺全摘後に気管軟化症と診断できたことからPTTMとなるが,気道閉塞は術前から生日気食会報,73(3),2022234じていた。Azumaらは,われわれと同様に巨大甲状腺腫による気道狭窄で受診した気管軟化症症例を報告している9)。この報告では,気管の虚脱は甲状腺周囲に限局していたため,ステント挿入で治療されている。一方,本症例では虚脱範囲は気管から気管支と広範囲に広がっていた。では,なぜ本症例では軟化症が気管支まで広がるまで無症状であったのだろうか。推測される病態としては,①まず甲状腺腫による慢性的圧迫を受けていた甲状腺周囲の気管に軟化症が生じた。②そして経時的に軟化症の程度と範囲は進行したが,高齢で呼気圧が弱く気管が虚脱せず,自覚症状がなかった。③そこで,気道感染により分泌物が増加し,努力呼吸により呼気圧が上昇したため,気管狭窄が顕在化し発症に至った。この仮説によると,気道感染が改善することでTBMによる呼吸困難が改善するが,術後の状態では安静呼吸時でも呼吸困難が生じていたことから,入院前後にTBMは進行した可能性が考えられる。TBMの原因として,慢性気道感染や気管切開,気管挿管が知られていることから,本症例では気道感染,気管挿管,気管切開などにより,短期間でTBMが進行した可能性が考えられる。 TMやTBMの診断には,気管支鏡検査やCT検査で気管内腔の虚脱を確認することが重要である。特に吸気時と呼気時を比較し,呼気時に虚脱が明らかになると報告されている10, 11)。また,気管挿管,人工呼吸器管理が行われている場合は,挿管チューブによる内ステント効果や陽圧換気により虚脱が分かりにくくなるため注意が必要である。この場合,非PEEP環境での検査が診断に有効である3)。本症例では,入院5日目の抜管後に撮影したCTでは気管が虚脱していたにもかかわらず,初診時の気管挿管状態では気管内腔が保たれていた。これは,挿管チューブによる内ステント効果とカフ上には陰圧がかからないためと考えられる(図1)。また,手術前にNPPVや人工呼吸器管理を行っていたためTBMによる気道狭窄がマスクされ,NPPV下での気管支鏡検査では気管の虚脱を認めず,手術前に診断ができなかった(図2)。陽圧換気で速やかに呼吸状態が改善したことなどから,呼吸障害の原因として本疾患を疑い非PEEP環境での検査を施行できなかったことは反省点である。 軽症,中等症のTBM(気管の虚脱面積が90%以下)に対しては,去痰薬投与,口すぼめ呼吸などの
元のページ ../index.html#40